【SS】~ある古書店のはなし~ 第一章 手づくりの味
この古書店には、毎日来るおばあさんがいる。彼女は始め戸棚に陳列してある本を読んだり、買ったりしていたが次第に三崎に話し掛けるようになっていた。
最初のやり取りは、挨拶だけだった。そのやり取りは3日間ほど続きその後、一言を添える様になった。
それも、天気の事や東京五輪の事、今の季節の旬などの事で三崎の回答は、「はい」や「そうですね」など相槌を打つだけだった。
しかし、ある日そのおばあさんから「貴方ちゃんとご飯食べてる?」と言う質問があった。三崎は初め「?」と思っただろう。いきなりこんな事を言われたら誰だって戸惑ってしまう。三崎は、もう少し話を聞くと「なるほど」と思った。
おばあさんは、「何時もこのお店に居るでしょ?お昼ご飯は勿論夕飯を作る時間も無いんじゃない?」と言った。夕飯は、ちゃんと食べているしお昼の30分程は、お店を閉めて昼食を取っている。
三崎は、「大丈夫ですよ。ちゃんと食べてます。」と心配をしてくれているおばあさんに微笑んで優しく言った。おばあさんは、「それなら良いのだけど。」と言って店を後にした。
後日、そのおばあさんとはこれまでと同じ様な会話をしていた。しかし、その日は少し違った。なんと、筑前煮が入ったタッパを三崎に渡したのだ。三崎はじめは断った。それでも、「受けとってくれ」と半ば強引に渡されたのでその日の夕飯にする事にした。
三崎は、誰も居ない自宅に「ただいま」をして。お米を磨いで炊飯器に入れスイッチを入れる。
それが終わると、いつもレジに置いているタブレットをパソコンに接続し、売上などを確認する。そして自動計算ソフトや自動スケジュール管理ソフトを立ち上げまた、台所へ向かう。
いつもならここでお惣菜やなどを電子レンジに入れるがこの日は違った。
タッパから皿に筑前煮を移して電子レンジにかけた。台所中に良い匂いが漂う。ご飯がもう少しで炊けるようだ。炊飯器に、「あと3分で炊き上がります。」と表示されている。
ふと、三崎は思った。「そう言えば、人が作ったものを食べるのは久しぶりだ。2015年の健康ブーム以降、保存料が入っていない惣菜や地産地消の食品が増えて来た。
無機質に大量製造されているにしても手作り並の【上手さ】が実現されている。だから、三崎はあまり料理をした事が無かった。また、人から食品を貰う事も今の時代ではあまり無かった。
三崎は、そのような過去を思い出しながらお茶碗にご飯をよそったり筑前煮をテーブルの上に置いたりした。
「いただきます」の声が三崎しか居ない食卓に響く。その筑前煮は、とても【美味し】かったと三崎は感じた。
翌日三崎は、「美味しかったです。」と言い、洗ったタッパをそのおばあさんに返した。おばあさんは「それは良かった」とひとこと言った後、店を出ようとした。
その時、「レシピを教えてくれませんか?」と三崎は言った。「良いですよ。」と返事があって「貴方、今は忙しいでしょ。明日、店が空いている時間帯に来ます。」と言って去って行った。
こうして、三崎は平日の11時から12時のお客さんが全く来ない時間帯に二人で料理の話をする様になった。今では、それは当たり前の事となっている。
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